弁当の話
平日の昼には大体弁当を食っている。
好きだからではなく義務だからだ。
そもそもの話をすると、食事という行為自体が鬱陶しいし出来れば一生何も食いたくない。
しかし食わないと死ぬので、しょうがなく昼飯を食うが、それがすぐ食べる事の出来るパンならまだしも無限にもそもそ食い続けなくてはならない弁当なんだからたまらない。
更に夏ならまだいいが、冬になると中の米は寒さで硬直し、炒め物類の脂は白く固まるしで最悪である。
しかし人生悪いことばかりでなく、何か救いがあるものである。
そう、お茶である。
こいつを使えば冷えた米や水っぽい玉ねぎ入りポテトサラダの味も食感も分からずに流し込むことができる。
だからと言って頼りきってはいけない。
飲み下す際にあまり多く飲みすぎると足りなくなり、その分もそもそ地獄を味わう羽目になる。
金があれば自動販売機のお茶という反則技をくり出すことができるが、友人と飯を食っている最中に立たなくていけなくなるし、何故か自販のお茶は火傷しそうなぐらいに熱くちょっとづつしか飲めないので可能な限りこれは避けたい。
こうして毎日弁当とのやりとりをしているのだから勉学も教養も身に付いた物ではない。
全部この弁当が悪いのだ。
明けましておめでとう
いつも外出の口実にしている塾や図書館が閉まっているので、正月なのにどこへも遊びに行けず途方に暮れる。
しょうがないのでウルフルズの借金大王を聴きながら踊り、ふと目に入った窓に映るはぐずぐずの雪に覆われたトタン屋根と電信柱。
どうなっても良いので早く上京したいなと思ったり
地獄の越天楽
大変に一生懸命雪が中を舞っている
そのおかげで全然前に進めない。もしあれが姿形のない幽霊だったら何も見えないからすいすい行けるんじゃないかと思ったが、自分のような業が深い人間はすぐさま呪い殺されるに違いない。
多分あの子のような良い人は死なないだろう
それどころか幽霊を吸い上げてしまうに違いない。吸引した幽霊の霊力によってみんなバッキバキのラリ中になるのだ。
そうすれば秋田市は本日付けで快楽の街である。道行く人みんな恵比寿顔の善人で、パンクなんか聴かなくても良くなってくるのだ。
快楽の街に白は似合わない
クリームのアートワークみたいなピンクやオレンジなんかがまざった極彩色が似合う。
極楽の最中でカミソリすら必要としない生活が待ち受けているのだ。
街の隅から隅まで望遠鏡の如く越天楽が縦横無尽に響くのだ。そして…
とめちゃめちゃどうでもいいことを考えている内にコンビニについてシャーペンと消しゴ厶を買って何もせず帰った